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ある命のお話

突然にトイレでうずくまる。
そう言って連れて来られたのがかわいらしい13歳のシーズーの男の子です。
いろいろと調べてみますと膀胱に穴があいていて、とても具合が悪そうです。
飼い主さんもなぜこうなったかはご存じではありませんでした。

当日の夜遅くに手術をはじめ、一応日付けが変わる前には手術が終わりました。
ほとんど動けないくらいに苦しがっていた子は、翌朝にはかなり元気を取り戻し、2-3日で見違えるほどに回復して帰って行きました。

それからおよそ1か月。
突然に元気がなくなったとのことで再度の診察に来られました。
確かに前回に見た元気な姿はありません。
横になってほとんど動くことができません。
食事も自分で取ることはできませんし、排泄もままならない様子でした。
飼い主さんは少しだけ明るい様子を見せてくださいましたが、とてもご心配されているのは痛いほどわかりました。

いくつかの検査をして異常なところを特定して治療を始めました。
今回特徴的だったのは血糖値がすぐに下がってしまうことです。
ブドウ糖を注射してもすぐに危険なレベルまで血糖値が下がります。

横たわり、呼びかけにもやっと応える程度です。
タオルを枕にして伏せの状態をつくってみても、すぐにごろんと横になってしまいます。
院内では急変の可能性が最も高い入院の子という認識が全員にあり、交代で様子を監視していました。

飼い主さんが面会に来られても、横になったままで呼びかけに声にならない鳴き声で応えるのがやっとでした。

このような場合、僕はできるだけ多くの鑑別診断リストを作り、多くの病名リストの中から診断に向けて検査をしますが、なかなか容易には診断にたどり着けません。
そうなりますと、まずはわかっている症状を改善することが必要です。

ブドウ糖の点滴を続けるのは簡単な方法ですが、それではこの子はお家に帰ることができません。
お家に帰っても血糖値が危険なレベルまで下がらないようにするには口から食事を与えるしかありませんでした。

この子に起きた問題の中で最も驚かされたものは、舌が全体の1/4ほどの長さを残して脱落してしまったことです。舌がポロリと取れてしまったのです。
僕は病院に何日も泊まりましたが、その中で起こりました。
舌の変化はそれまでにゆっくりと進行していっていましたから、当然ながらこうなることはある程度予想はできていました。
その日が来たのだと思ったのですが、失った舌は戻りません。

トイレを自由にできないので、細い管から排尿をします。
血糖値を保つために口から頻繁にブドウ糖や流動食を与えていましたが、舌がこのようになり、脱落して残った部分に起こった炎症も激しかったので、口からの給餌ができなくなりました。

しかし、この頃から少しずつ自分で動くようになってきました。
モゾモゾと動く程度ですが。

飼い主さんには厳しい状況を説明せざるを得ませんでした。
度々ご面会に来られますので、飼い主さんもご自身の目でその変化を確認されていました。

もしかして、このまま。
そう誰もが一度は考えたと思います。

そこで次の手段は皮膚から胃に管を通し、その管から食事を与える方法です。
内視鏡を使いますと、だいたい10分程度で管を設置することができます。
全身麻酔が必要でしたが、すぐに管を取り付け、その日から管を使った給餌が始まりました。

口から入れるのと違い、結構な量を一度に与えることができるようになりました。
その他注射で入れていた薬の効果もみられはじめました。

飼い主さんがある日ご面会に来られますと、伏せることができるようになっていました。
こんなことができるようになったのー。
飼い主さんはその姿がとても嬉しそうでした。
まだ横になったままかと思ったよ。とも。

それから治療と給餌が続き、僕も夜の診療が終わるとそのままこの子の治療のために朝まで院内で過ごすことが多くなりました。

排尿も食事も管を使い、舌が脱落し、自ら動くことができない。
でも、希望を持って。

胃のチューブから給餌をはじめて1週間も経たない頃。
立ちました。
自分で。
歩くことはできませんが、立ったまま少しだけ静止することができました。

その翌日。
ヨタヨタと歩き始めました。

飼い主さんはとても驚き、とても喜んでいらっしゃいました。
僕たちも飼い主さんが嬉しい笑顔でいらっしゃることがとても幸せでした。

やっと退院の日を迎えました。
横になったまま排泄し食事を与えるだけと予想されていましたが、もう自分で歩けますし、トイレにも自分でいって排泄できるようになりました。

獣医師である僕が言うのはとてもおかしなことなのですが、奇跡的なできごとのような気がします。
スタッフも飼い主さんもとても頑張りました。もちろん、一番はこの子です。

まだ退院から数日ですが、本日診察にみえました。
もう元気で仕方がないの。
お友達のお家に連れて行ったら胃からチューブでているのに、ずっとトットコトットコ歩き続けて、困っちゃうのよ。
もちろん、満面の笑みです。

受付でお待ちの間に、他の飼い主さんにもその奇跡のお話をされていました。

消えかけた命の炎は今一段と大きく輝いています。
まだまだ楽しい思いをしようね。

20120319

自分で立って歩けるようになったよ!

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