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2013年12月

遠くからのお知らせ

雪のクリスマスとの噂がありましたが、東京では雪は見られそうにありませんね。
しかしよいお天気の予報ですので、夜は冷え込みそうですね。

遠くからお知らせをいただきました。
ワンコの訃報でした。

ブログに載せるにあたりまして、どれくらいのことを書けば良いのか難しいくらいに、本当にいろいろなことがありました。

僕が獣医師になって2-3年目ほどのことです。
京都にいたころに出会い、そこで3年間ほど担当させていただき、そして僕が東京に移動して来る12年ほど前に最後に会ったきりで、ワンコとはそれ以来会う事が叶いませんでした。

ブログに載せるにあたりましては、守秘の面からもいつもは名前を出しませんが、今回は許していただけると信じまして、あえて思い入れのある呼び方で続けます。

そのワンコはウメちゃんといいます。

初めて会ったのは、真っ白なまだ柔らかな毛に包まれた、おおよそ5kgほどの子犬のころでした。
大型犬に分類されますので、大きくなりますと抱っこは困難ですが、その頃は基本的には抱っこでいろいろなことができました。治療も日常のケアも。

飼主さんとも当然にこのときが初めてでしたが、かなり深いお話をしなければならないことが多くありまして、一気に距離が短くなった気がしました。

少し脱線しますが、僕はもともと京都には縁もゆかりもありません。
本音で書きますと、関西というくくりでも京都というのは少し別の枠の中に入るようなそのような土地で、他からの新参者を警戒する雰囲気があるとされます。
そのような中、獣医師として仕事をはじめてまだ2-3年の僕は、この土地に方々に受け入れていただこうと必死でした。

会話の言葉をどのように受け入れれば良いか、「yes!」は本当にyesなのか、あるいはNoなのか、「会えてよかった」は本当にそうなのか、あるいは会いたくはなかったとの意思表示なのか、細かなことを言い始めるときりがありませんが、診療の中でも真意はどこにあるのか、そしてこちらの伝えたい事は伝えられているのかを常に気にしながらの会話を繰り返していました。

その頃の院長からは、君の言葉は伝わっていないし、相手の言葉も君は理解できていないということを言われ続けていました。例えばどの場面でしょうかと質問しても、回答はなく、具体的な場面のないダメ出しと改善点についての評価のない毎日を送っていました。

しかしウメちゃんの飼主さんはそのような僕と真剣に向き合ってくださいました。
まだ若い獣医師というのはどこか頼りなさがあるはずですが、大切なウメちゃんの治療を任せていただけました。

ご家庭の中で、犬がいたら楽しいだろう。
そんな迎え方ではなく、どうしても必要な存在で、かけがいのない命との向き合い方。そんな中、迎えられたのがウメちゃんでした。

そして、迎えられてからすぐにウメちゃんの病気が発覚します。
診断が難しいのですが、ジステンパーウイルス感染症でした。
ウイルスの感染症には診断が用意なものと、困難なものがあります。
ジステンパーウイルス感染症は、地域によっては今でもよく見られ、またある地域では、そんな病気は過去のものであるともされます。

診断にいたる詳細は割愛しますが、ペア血清と呼ばれるもので抗体検査を行います。(何のことやらという、専門用語ばかりですが)

症状と検査結果から診断は確定的でした。
いろいろな思いの中、大切に迎えられた小さな子犬が感染症。
このことを冷静に受け止めるには時間がかかります。

生死に係る病気である事は獣医師であれば当然のこととして知っています。
特にそのときのウメちゃんのように、生後数カ月の子犬であれば助かる確率の方が少ないものです。

僕の必死さに対して、まるで他人事(他犬事)のように順調に回復してくれて、もしかすると、僕が何もしなくてもこの子は治ったのではないだろうかと思わせるような、そんな屈託のないかわいい瞳でいつもキョトンとしている姿が印象的でした。

さすがは大型犬。
はじめの成長がやや遅かったのですが、その後どんどん成長し、立派な成犬になりました。

その中で唯一厳しい闘病の傷跡がありました。
それは歯です。
小さな時にジステンパーウイルス感染症にかかると、歯を形成するエナメル質というツルツルとした表面が正しく作られません。
よくエナメル質形成不全と呼ばれますが、ウメちゃんの歯にもまさにこの症状が見られていました。
この歯は生涯このままだったはずです。
幼い頃の闘病を時々思い出させるかのように。

ウメちゃんと飼主さんにはいろいろなことを教えていただきました。
新参者で頼りない僕を受け入れていただき、真摯な向き合い方をすれば理解していただける。そのようなこの土地の寛容な部分もみせていただけました。

それから数年後、僕の東京への移動が決まり、ウメちゃんと離れることになりました。
幸いにして、治療を継続中の病気はなく、元気な状態でのお別れでした。

飼主さんからは折に触れてご連絡をいただき、成長の様子、ときどきお腹を壊したり、などなど、離れていて直接的には何もできない僕にも病める時も健やかなるときもその様子を教えていただけました。

最近もあまり元気ではない様子も教えていただいたばかりでした。
そして突然の訃報。
お別れしてから12年ほど。
結局は一度も会う事はできませんでした。

懸命にという言葉はウメちゃんにはあいません。
おそらくはまるで何事もなかったのように、とてもマイペースな自然体でその生涯を駆け抜けていったに違いありません。

ご家族の皆様を巻き込めるだけ巻き込んで、自分をご家族の皆さんの生活の中心に常に持っていって。

それをキョトンとした目でまるであたりまえかのようにやっていたのがウメちゃんでした。

突然のお別れはご家族の方にどれほど辛いものかが想像できます。
しかし、同時に、ウメちゃんとの生活がどれほど充実していたかも想像できます。
お電話の向こうの飼主さんは、ときに涙をこらえながら、ときに笑い声で、僕には大仕事を楽しみながら終えられた、そのような印象にみえました。

間違いなく、新しいワンコをお迎えになるはずです。
しかししばらくは一息つかれて、よいご縁を待たれながら。

ブログでご紹介できるのはほんの一部です。
今回の文章がその要約でも概要でもありません。
今ウメちゃんとの時間について思う事をほんの少し記してみました。

今夜は二人っきりのように

今日はとてもよい天気ですね。

寒空ではありますが、初夏の雨上がりのような日差しが受け付けの床に反射しています。
薄着で外に出る勇気はありませんけど。


小さなワンコのお話です。
とても小さなワンコを連れて来られました。
そのワンコのご家族はお母さん、お父さん、そして就学前の小さなお子さんと、ベビーカーの中の赤ちゃんです。

ワンコはかかりつけの動物病院があったようですが、お父さんのお帰りを待っての診察では診察時間に間に合わなかったとのことで、うちに来院されました。

とても痩せていて、普通に歩くことができません。
原因はいろいろなことが考えられますが、栄養面で補助をしていかなければならないのは確実でした。
身体検査に時間をかけて、問診でもいろいろなことを教えていただきました。
ある程度このあたりに異常があるのではないかと考えながら血液検査とレントゲン検査をしました。

血糖値がとても高く、この数値だけを見ますと、糖尿病と判断してもよいくらいでした。しかしながら、一時的には糖尿病に見えても、とても糖尿病だと判断するにはワンコの状態が悪すぎます。
激しい脱水、痩せすぎた体型、歩行不能。
まずは普通の栄養状態をつくってみることにしました。

ご家庭でのケアには限界があり、毎日の通院も困難とのことでしたので、3日間ほど入院することになりました。

食事を与え、脱水を補正し、栄養面の補助を集中的に行いました。
その他に治療しなければならないことがありましたので、お薬も使いながら。

3日間ではありましたが、来院当初よりはかなりしっかりとしてきました。
自分で食事を取れるようになったり、おぼつかないながらもヨチヨチと歩けたり。
インスリンなどの治療をすることなく血糖値も落ち着いてきました。

退院した後も数日おきに通院されました。
毎回ご家族全員での来院でした。
小さなお兄ちゃんは顔がお父さんそっくりです。
お父さんのお顔立ちがとても優しげで、お子さんはその縮小コピーのようです。
はじめは緊張もあったお兄ちゃんも、来院回数が増えるごとにお話上手になっていきました。

まだワンコの状態が安定していない、そんな時、お母さんとベビーカーの赤ちゃんだけでワンコをお連れになりました。
いつもご家族一緒の印象がありましたので、今日はお父さんとお兄ちゃんは?思わず尋ねてしまいました。

その日は赤ちゃんのお宮参りのご予定だったそうです。
お母さん、お父さんのご実家がある関西に全員で新幹線に乗ってお出かけ予定だったとのことでした。
しかしながら、ワンコの状態がまだ不安定なので、行かないことにしたそうです。
そうしたら、小さなお兄ちゃんはおじいちゃんとおばあちゃんに会いにいくのだと、お宮参りの中止がとても辛かったようです。

見かねたご両親は、お父さんと小さなお兄ちゃんだけで新幹線に乗って関西までおじいちゃんおばあちゃんに会いに行くことを決めたとのことでした。

今夜はお母さんと赤ちゃんとワンコだけです。
お母さんはつかの間のお休みをもらったようだと、少し寂しそうでもあり、でも笑顔で、たまにはこんな日もとお話し下さいました。

幸い、ワンコの状態は誰が見ても上向きで、かなりしっかりとしてきました。
これならば、お母さんだけでも安心して看ていることができます。
赤ちゃんがいますが、今夜は二人っきりですね、そう話すとお母さんも笑顔でうなずいて帰って行かれました。

赤ちゃんと、まだ小さなお子さんがいらして、そこにこの小さなワンコ。
お母さんも大変だったと思います。
でも、これからは大丈夫。
通院も必要なくなりますよ。

次の来院で完治と宣言できる予定です。
おそらく次はご家族みんなで来院されるはずです。

目が赤い子 -進行性網膜萎縮症(PRA)-

12月になりました。
今年も残すところあと1か月。
年越しは穏やかにできますように。

先日来院されたダックスちゃんの目が赤いことが気になりました。
見えているのかな?
そんな心配があり、目を検査してみました。
散瞳剤という、瞳孔を開くための目薬を点眼します。
その後、お薬が効くまで少しの間待ってから専用の器具を使って目の底、いわゆる眼底検査を行いました。

このような場合、飼主さんがワンちゃんの視覚が弱い事に気づかれている事は少ない事です。
特にお家の中でいつもどおりに過ごしている場合、気づく事はできませんし、さらには、検査して見えていない、すなわち失明が決定的であっても、 "いや、見えている”と思われる事は多い事です。

このダックスちゃんの飼主さんは、何だかおかしな様子が少しずつ気になってはいらっしゃいました。 

若いご夫婦ですが、心配そうにお話をされながら目薬で瞳孔が開くまでの時間をお待ちになっていらっしゃいました。

おおよそ20-30分ほどして眼底を検査してみました。
眼の底にある血管を評価します。
残念ながら、血管が細くなっているところ、そして周囲では血管が見えなくなっているところがあります。

通常は視神経乳頭と呼ばれる白い小さな点のところから血管が放射状に伸びているのですが、ときにその血管が全くみられなくなることがあります。
このような場合、ワンちゃんは視覚を失っています。
進行性網膜萎縮症もそのような病気のひとつです。

進行性網膜萎縮症になりやすい犬種は多いのですが、やはりダックスとプードルちゃんは多いですね。

この子は今はまだどうにか見えていますが、今後見えなくなって行くことが予想されます。
進行する病気で、くい止める事はできません。

飼主さんはある程度予想されていた結果を静かに受け止めていらっしゃいました。
何かできることはありませんか。
このような場合には、まずはこの病気の今後の流れをお話しするようにしています。

進行性網膜萎縮症が起こると、次には必ず白内障が起こり、白内障が起こると次ぎにはぶどう膜炎が起こり、そして最終的には緑内障へと発展します。
このどこかの段階で寿命を迎える子もいます。

この進行を止めることはできなくても、遅らせるようにサプリメントをおすすめしています。

定期的に眼の診察をしながら、白内障へ進行していってはいないか、視覚はまだ保たれているのかなどを見ていくことになりました。

できるだけ長くそのかわいい目でみられますように願いを込めて。

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